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気配はあった。空気がじわりと湿る。
ゴロゴロ音のすぐあとで、スコールのような通り雨。南から来たに違いない。
慌てて取り込んだ洗濯物を畳む傍ら、
南国育ちのチャコは懐かしい気持ちで雨を眺めていた。
彼女は、家房チャコ。珍しくもない漢字の、少し珍しい組み合わせ。
イエフサチャコ。正しく読む人が半分、カボウと読む人が三分の一ぐらい。
子供の頃のあだ名は、チャコちゃん、チャーちゃん、カボちゃん。そんな感じ。
中高時代は、チャコ、カボウチャコ、カボチャ、カボサン。
最近では、イエフサさんと呼ばれることが殆どだ。
一人暮らしを始めて半年になる。独り言が増えた。人恋しいのかもしれない。
最近、暖かみのあるキャラクターに惹かれて、なんとなく始めたMMOPRGにはまっている。
勇者じゃないところが気に入ったし、気ままに生産を楽しめるのがいい。
だけど、戦闘万歳で生産をないがしろにする運営は気に入らない。頭かち割ってやりたい。
今日はもくもくと南瓜を集めている。放置で狩猟できるところが素敵。
生産の傍ら、ファンサイトと公式サイトを眺めるのが日課。
「ああ、本物だわ」
溜息交じりに呟いたそれは、よくない意味の本物。
公式サイトの新着情報を見てのものだ。
金品をエサに集客し、ボスモンスターを倒す時間を競うという最低な企画だ。
運営の戦闘自慢にいらだつのは何故だろう。
今に始まったことではないし、毎々非難されるにもかかわらず、何度もやらかすのだ。
ここの運営は本物だわ。戦闘万歳で生産嫌い。戦闘しないプレイヤーを排除したいのだ。
「そんなことより、家庭菜園まだなの?」
ついつい出てしまう独り言。
楽しめるところだけ拾えばいいのだろうけれど、少しばかり頭の皮が固いのかもしれない。
チャコは自嘲気味に苦笑した。
カボンカボン~。カボンカボン~
突然の着信音にはっとした。チャコにとって特別な音、なのだ。
「武野くんだ!!」
出会いは小学2年生。チャコのクラスに転向して来た背の低い男の子。
ずっとずっと"前へ習え"をさせて貰えなかった武野くん。
だけど、高校生の頃にぐんぐんと背が伸びて、雨後のタケノコなんて評されている。
チャコは大きく深呼吸をして電話にでる。
近くにいる。雨宿りに寄ってもいいかな、そんな内容だった。
何かの口実のような気もするし、気のせいだとも思う。
武野くんはチャコのことをカボちゃんと呼ぶ数少ない生き残り。
彼とチャコとの関係は、ずっとずっと小学2年生のままなのだ。
幼馴染というには微妙。だけど、幼馴染じゃないとも言えなくて。
武野くんにカボちゃんと呼ばれることは、どこかくすぐったくて嫌いじゃない。
けれど、嬉しいといえば嘘になる。
武野くんもチャコも、もう小学2年生じゃない。十分な大人なのだ。
今日こそ言うんだ、勇気を出して。
「カボって……言って?」
武野くんがカボって呼んでくれたら、変われる気がする。進める気がする。
これは、勇者じゃないチャコの戦い。
今の彼女にできること、それは手と手を繋ぐこと。勇気を出して、前へと歩むこと。
いつの間にか雨は止み、チャコの視界には、緑黄色の夕焼けが広がっていた。
野菜の国の勇者様 ~家房チャコの場合~
当記事は、全てフィクションです。
実在するMMORPG、野菜、野菜的存在は、たぶん無関係です。